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お悩み相談

看護師の残業代が出ないとき|労働時間の線引きと、前残業を記録に残す手順

ナースひとやすみ 編集部約12分で読めます
目次

「残業代が出ない」と聞くと、申請したのに却下されている状況を想像しがちです。ですが調査の数字が示すのは、もっと手前の段階でした。多くの時間は、申請される前に消えています。

そして押さえておきたい原則があります。ある時間が労働時間にあたるかどうかは、就業規則の書き方や「自主的」という呼び方では決まりません。厚生労働省のガイドラインは、使用者の指揮命令下に置かれていたかどうかで客観的に定まるとしています。

もうひとつ。賃金の請求権には期限があります。労働基準法115条は5年としつつ、附則143条3項が「当分の間は3年」と定めています。だからこそ、おかしいと感じた時点で動く意味があります。この記事では、消えている時間の正体と、記録の残し方までを扱います。

消えているのは、始業「前」の時間

残業というと終業後を思い浮かべますが、看護職員の時間外労働は勤務の前後に分かれて発生しています。

日勤で始業時間前に約30分以上働いている看護職員の割合45.9%

日本医療労働組合連合会「2022年 看護職員の労働実態調査」問10(2022年)

同じ調査で、日勤の始業時間前の労働が「なし」と答えた人は25.3%にとどまりました。最も多かったのは「約30分」の29.4%です。つまり4人に3人が、始業時刻より前に働き始めています。

勤務区分ごとの平均を1枚に並べると、発生の形がはっきりします。

勤務区分始業時間「前」の平均終業時間「後」の平均1日あたりの合計
日勤(交替勤務者を含む)22分46分68分
準夜勤務22分23分45分
深夜勤務19分26分45分
夜勤(二交代)24分29分53分

出典: 日本医療労働組合連合会「2022年 看護職員の労働実態調査」問10(回答35,933人)の平均値。「1日あたりの合計」は前後の平均値を筆者が合算

注目してほしいのは、始業前がどの勤務区分でもほぼ20分前後で一定だという点です。終業後は業務量や急変で伸び縮みしますが、始業前は「そういう運用になっている」時間に近い。日勤の22分は、月20日勤務なら月およそ7.3時間です。1回ごとが短いために残業と認識されないまま、年単位では相当な量が積み上がります。

なお、この調査の回答者は国公立・公的病院の勤務者が中心で、労働組合のある職場に偏っています。民間病院や診療所も含めた全体像を代表する数字ではない点は、読むときの前提として持っておいてください。

「情報収集の時間」は労働時間にあたるのか

労働基準法32条は、休憩時間を除いて1週40時間・1日8時間を超えて働かせてはならないと定めています。これを超えて働かせた場合、37条により割増賃金の支払いが必要です。では、始業前の情報収集はこの「労働」に入るのでしょうか。

判断のものさしは、厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(2017年策定)にあります。ガイドラインは労働時間を「使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義し、労働契約や就業規則の定めのいかんによらず客観的に定まるとしたうえで、次のような時間は労働時間として扱わなければならないと示しています。

  • 使用者の指示により、業務に必要な準備行為(義務付けられた着替え等)や業務後の後始末を事業場内で行った時間
  • すぐ業務に入れるよう待機し、労働から離れることが保障されていない時間(手待時間)
  • 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示による学習等の時間

ここで効いてくるのが「明示又は黙示の指示」という考え方です。ガイドラインは、指揮命令下にあったかどうかを労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況から個別具体的に判断するとしています。「早く来て受け持ちを調べておくのが当たり前」という運用がこれにあたるかどうかは、個別の事情によって判断される部分です。自己判断せず、記録を持って相談するのが確実です。

実際、不払いになりやすい業務は前後にはみ出しやすいものに集中しています。同じ医労連調査で、賃金不払い労働の主な業務(3つまで選択)は「記録」57.9%、「患者への対応」42.3%、「情報収集」41.9%でした。どれも、自分の段取りの問題だと感じやすい業務です。残業時間そのものの長さや職場による差は残業の多い職場から転職するにはで扱っています。

「残業ほぼなし」の中身を先に確かめる

求人票の勤務時間と実際の始業時刻の差は、外からは見えません。比較材料を持っておくだけでも、いまの職場を客観的に見られるようになります。

申請「されない」仕組みと、自己申告制のルール

医労連調査では、前月に賃金不払い労働が「なし」と答えた人は31.6%。約7割に不払い労働がありました。 10時間以上が14.5%、20時間以上が5.2%、30時間以上も1.7%います。

多くの職場は、残業代を自己申告制で運用しています。ガイドラインは自己申告制を、原則的な方法によることなく「行わざるを得ない場合」の方法と位置づけたうえで、使用者が講ずべき措置を細かく定めています。

  • 始業・終業時刻の確認は、原則として使用者の現認か、タイムカード・ICカード・パソコンの使用時間などの客観的な記録による
  • 自己申告による時間と、入退場記録など「事業場内にいた時間」の記録に著しい乖離があるときは、実態調査を行って労働時間を補正する
  • 自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設け、上限を超える申告を認めない等、適正な申告を阻害する措置を講じてはならない
  • 時間外労働の削減を求める社内通達や、定額払(固定残業代)が、適正な申告を阻害する要因になっていないか確認する

「時間外は月◯時間までしか出せない」といった運用は、この3つ目が名指しで禁じているものにあたります。申請していないあなたに問題があるのではなく、申告しづらい設計のほうが先にあるという順序で捉えてください。

よくあるのが、「自分が遅いせいだ」と考えて申請をやめてしまうパターンです。ですが、段取りの速さと、その時間が労働時間だったかどうかは別の問題です。速く終えられる人の30分も、時間のかかる人の30分も、指揮命令下にあれば扱いは変わりません。

監督指導では、どれくらい是正されているのか

厚生労働省は、賃金不払が疑われる事業場への監督指導の結果を毎年公表しています。令和6年(2024年)は22,354件、対象労働者185,197人、金額172億1,113万円でした。このうち同年中に解決したのは21,495件(96%)、是正支払額は162億732万円です。

この統計は全業種が対象で、看護師だけの数字ではありません。そのうえで業種別を見ると、位置づけが見えてきます。

賃金不払事案の対象労働者数(業種別・令和6年/全業種の統計)

製造業
46,120人
保健衛生業
44,585人
商業
24,206人
教育・研究業
13,321人
建設業
10,665人
運輸交通業
10,301人

出典: 厚生労働省「賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和6年)」別紙。保健衛生業には病院・診療所や社会福祉施設が含まれる(2024年)

病院・診療所や社会福祉施設を含む保健衛生業は、件数では3,416件(全体の15%)ですが、対象労働者数は44,585人(24%)で製造業に次ぐ2番目です。1件あたりに直すと保健衛生業は約13.1人、全業種平均は約8.3人。1つの事業場で是正されるとき、巻き込まれている人数が多い——つまり個人の申請漏れというより、職場ぐるみの運用として起きやすい分野だと読めます。

同じ資料の是正事例には、社会福祉施設のケースが載っています。タイムカードで出退勤を把握しながら残業代は自己申告制で支払っていた事業場で、タイムカードの記録より自己申告が最大2時間少ない労働者が複数見つかり、労働基準法37条1項違反として是正勧告を受けた、という内容です。客観的な記録と申告のズレは、実際に指摘の対象になっています。

記録の残し方と、相談までの3手順

手順1: 客観的な記録を押さえる

自分のメモだけでは弱く、施設側の記録と突き合わせられる形にしておくのが要点です。

  • 押さえる記録: タイムカード・ICカードの打刻、電子カルテの最初のログイン時刻と最後のログオフ時刻、入退館記録、部署の鍵の開閉記録
  • 自分で取る記録: 日付/始業前に働き始めた時刻/何をしていたか(情報収集・記録・委員会等)/終業後に退勤した時刻。スマートフォンのメモに1行ずつで十分です
  • 頻度: その日のうちに書く。週末にまとめて書くと、記憶で補った部分が混ざります
⚠️ つまずきやすい落とし穴

「証拠を集めている」と受け取られるのを怖がって、記録を職場の共有端末やナースステーションの個人ファイルに残してしまう人がいます。異動や退職の際にそのまま置いていくことになり、いちばん必要なときに手元にありません。逆に、患者さんの氏名や病状をメモに書き込んでしまう失敗もあります。これは記録としての価値を上げないどころか、個人情報の持ち出しという別の問題を生みます。残すのは「時刻」と「業務の種類」だけで十分です。 「6:50 情報収集開始」「18:20 記録終了・退勤」のように、患者さんが特定できない形で、自分の端末に。この2点を守るだけで、安全な記録になります。

手順2: 実際に働いた時間で申請を出す

記録が溜まったら、実際の時間で申請してみます。角を立てずに出すには、事実の確認として持ちかけるのが現実的です。

申請時の伝え方の文例

始業前の情報収集に毎日30分ほどかかっています。時間外として申請してよいか、扱いを確認させてください。

⚠️ つまずきやすい落とし穴

ここでやりがちなのが、「認めてもらえますか」と許可を求める形にしてしまうことです。相談の形にすると、答える側も「みんなやっていることだから」と慣行の話で返しやすくなり、扱いが決まらないまま終わります。聞くべきは可否ではなく扱いです。「どの時間から労働時間として扱われるのか」「客観的な記録と申告がずれている場合、どちら基準で処理されるのか」を尋ねてください。答えがその場で出なくてもかまいません。いつ・誰に・何を聞き、どう答えられたかを日付つきで残すことが目的です。この記録は、後で相談窓口に持っていくときに、そのまま経緯の説明になります。

手順3: 相談先と期限を知っておく

職場の中で扱いが決まらないときの窓口は、労働基準監督署です。

  • 申告: 労働基準法104条1項は、法律違反の事実があるとき労働者が行政官庁・労働基準監督官に申告できると定めています。同条2項は、申告を理由とする解雇その他の不利益な取扱いを禁じ、違反には119条の罰則があります
  • 相談だけしたいとき: 各都道府県労働局と労働基準監督署内の「総合労働相談コーナー」で、無料・予約不要で相談できます
  • 期限: 賃金の請求権は労働基準法115条で5年、ただし附則143条3項により当分の間は3年です。記録の保存義務(109条)も同様に当分の間3年とされています
⚠️ つまずきやすい落とし穴

「3年分さかのぼれる」と読んで、まとめて動こうと待ってしまうケースがあります。ところが時間が経つほど、タイムカードや電子カルテのログという職場側の記録のほうが先に失われます。保存義務も当分の間3年ですから、4年前の証拠が残っている保証はありません。もうひとつ、退職してから動こうと考える人も多いのですが、在職中のほうが自分の勤務表や打刻の控えを手元に揃えやすいのが実際です。動くかどうかを決めるのは後でかまいません。先に記録を自分の手元へ移しておく——この順番だけは崩さないでください。

よくある失敗

失敗1: 口頭で断られたことを記録しない

「それは付けなくていいよ」と言われたやりとりは、記録がなければ存在しなかったことになります。日付・相手・言われた内容の3点だけでもメモしてください。

失敗2: 不満を伝えることが目的になってしまう

「この職場はおかしい」と訴える形で持ちかけると、話が感情の問題として処理されます。扱いの確認に絞るほうが、結果として話が進みます。

失敗3: 残業代だけを見て職場の全体を見落とす

残業代が出ない職場は、休憩や有給の運用も緩いことが多いものです。休憩が取れないときや有給が取れないときの記事とあわせて、運用全体を点検してみてください。

よくある質問

Q. 始業前の情報収集は、労働時間として扱われますか?

A. 厚生労働省のガイドラインは、労働時間を「使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義し、就業規則等の定めのいかんによらず客観的に定まるとしています。指示が明示されていなくても、黙示の指示や「余儀なくされていた」状況があったかどうかで個別に判断されるため、一律に「労働時間になる」とも「ならない」とも言えません。判断材料になるのは、いつから何をしていたかの記録です。まず記録を残し、扱いを職場に確認してください。

Q. 「30分未満は残業として付けない」という決まりは問題ないのでしょうか?

A. ガイドラインは、自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設けて上限を超える申告を認めないなど、適正な申告を阻害する措置を講じてはならないとしています。固定残業代や時間外削減の通達が申告の妨げになっていないかを確認することも求めています。実際の運用が違反にあたるかは個別の事情によって判断されますが、少なくともガイドラインが想定する運用ではありません。客観的な記録と申告のズレは、監督指導の是正事例でも指摘の対象になっています。

Q. 過去の残業代は、どこまでさかのぼれますか?

A. 労働基準法115条は賃金の請求権の時効を5年と定めていますが、附則143条3項により、当分の間は3年とされています(2026年9月時点)。ただし、さかのぼれる期間と、実際に認められるかどうかは別の問題です。個別のケースで何がどこまで認められるかは、記録の内容や勤務の実態によって判断されます。また、裁判所が付加金の支払いを命じることができる制度(114条)もあります。具体的な進め方は労働基準監督署や総合労働相談コーナーで確認してください。

Q. 労働基準監督署に相談したことが職場に伝わりませんか?

A. 労働基準法104条2項は、申告を理由として解雇その他の不利益な取扱いをすることを禁じており、違反には119条の罰則があります。相談の段階では匿名での情報提供も可能です。何から話せばよいか分からない場合は、総合労働相談コーナーで状況を整理するところから始められます。

次の職場では、始業前の扱いを先に確認する

前残業が常態化しているかどうかは、入職前に質問すれば分かります。聞き方や、実際の勤務実態を確認してもらう方法から相談できます。

まとめ

  • 消えているのは始業前: 日勤の始業時間前は平均22分、約30分以上が45.9%。終業後の46分とあわせて1日68分が勤務の前後に出ている(医労連2022年)
  • 労働時間かどうかは呼び方では決まらない: 「使用者の指揮命令下に置かれている時間」が基準。業務上義務づけられた研修や、指示による準備行為も含まれる(厚労省ガイドライン)
  • 自己申告制には条件がある: 原則は客観的な記録。申告できる時間に上限を設けることは、ガイドラインが禁じている運用にあたる
  • 期限は当分の間3年: 賃金請求権は労基法115条で5年、附則143条3項により当分の間3年。職場側の記録が先に消えるため、動くかどうかを決める前に自分の手元へ移しておく

残業代の扱いは、その職場の運用そのものを映します。気持ちの整理と次の選択肢は看護師が辞めたいと思ったときの対処法にまとめています。あわせて読みたい記事は以下の通りです。

参考文献

  1. 日本医療労働組合連合会「2022年 看護職員の労働実態調査」報告集(回答35,933人・問10 1日の時間外労働時間、問12 前月の賃金不払い労働、問15 賃金不払い労働の主な業務)(2026-09-20 閲覧)
  2. 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(2017年1月20日策定)(2026-09-20 閲覧)
  3. 労働基準法 第32条・第37条・第104条・第109条・第114条・第115条・第119条・附則第143条/e-Gov法令検索(2026-09-20 閲覧)
  4. 厚生労働省「賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和6年)」別紙(業種別の監督指導状況・是正事例)(2026-09-20 閲覧)